世代交代という現実

◇世代交代という現実

オリンピック中継を見ていて随所で感じることがある。

「世代交代」
この言葉を今回のオリンピックほど意識したことは今までになかった。重量挙げ、体操、ソフトボール。
まだ大会が始まったばかりなのに、これほどはっきりと脳裏に焼き付いたのは私だけだろうか。

「自分のことは自分にしかわからない」という言葉がある。
確かにその通りだろう。
しかしわかっていても、自分を周りと比べて否定できるのは入学試験くらいで、まず無理なことなのだと思う。

なぜなら、同じ土俵に上がることが少ないからだ。
言い換えれば、思い知らされることがない、いやなかったというこだ。

しかし大きな舞台で技を競い合ったとき、「世代交代」という現実は否応なしにやってくる。
その時はっきりと「交代しなければならない」ということを自分自身で肌に感じるのだ。

このオリンピックで敗れた選手の顔をカメラが写すとき、負けた悔しさを感じるのとは違った
呆然とあらぬ方向を見る選手がいる。
初めて自分の今の実力に向かい合った瞬間なのだと思う。

 *三年後見据える今は もう二十歳   イクロウ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする